月別アーカイブ: 2016年12月

瞬時に美しい日本語で通訳するために

「わかるんだけど日本語が出てこない!」
ということありませんか?

オバマ大統領広島演説の一節 ”that moral awakening will come”
awakening comeは英語としては全く素朴な言葉。
でもcomeを「来る」と訳すことにためらいを感じてほしい。

通訳道場で私が提案した訳は「道徳への目覚めがおとずれることを」

「えっ!どうして一瞬でそういう日本語が出てくるんですか。」

えっ?いつも私ってそうじゃない?え?違う。そう、違う。こりゃまた失礼いたしました。

確かに普段の会話(listen to reply)と通訳するとき(listen to interpret)は意識が全く違います。通訳するとき、私は日本語の讃美歌から言葉を汲みだしているようです。たしかに毎日毎日、少しずつ積み重ねた確かな土台です。

というわけでCATS1期では宣教の意味ではなく、言葉の泉として讃美歌にふれることにしました。

通訳者になりたかったら、言葉の泉を豊かに持つこと。「日常会話」もひとつの泉。でも通訳者は自分を超える泉をもちましょう。言葉は体験や人生を結晶化できる。でも体験の範囲内の言葉にとどまるのは傲慢です。言葉のプロではありません。さて、あなたの新しい泉はどこに?。

よろしかったら、私の泉もごらんください。

讃美歌の歌声はこの礼拝堂に響いていました。

讃美歌の歌声はこの礼拝堂に響いていました。


中学校のクリスマス愛唱歌のひとつ、ロッシーニの「3つの宗教合唱曲 信仰・希望・愛」の「愛」。その歌詞に12歳の私は目が点になりました。

愛に満てる我が主よ
汝が御手に抱かれて
友となりし我らは
苦しみを分かち合わん

ん?「愛なる主の御手に抱かれてもう安心、幸せ、ありがとうございます」じゃないんだ! 

友は苦しみを分かち合う。
苦しみを分かち合うのが友である。
苦しみを分かち合う友どうしを天は愛で守る。 

これは本当だ、と幼いなりに響くものがありました。

分かち合うのであって、慰めるのでも、ポジティブに言い換えるのでもありません。悲しみは悲しみのままに分かち合うのです。悲しむこと、泣くことを否定、排除しない。それがcompassion(共に+痛み)。共に悲しみつくしたときにおのずと変わりゆくものがある。

「喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい」 

今ふり返ってみれば、福島との関わりもまったくこのとおりでした。

2013年、アメリカからこんなメールが来たこともあります。
「私はストーリーテラーでヒーラーでもあります。○○メソッド、○○〇、○○の資格も持っています。東北のひとたちのトラウマを癒し、再び自分らしく輝く人生を歩めるようにしてあげます。あなたは東北に詳しくて通訳も上手と聞いています。案内して下さい。」

やだよ。

喜ぶ人と共に喜び、泣く人と共に泣きなさい

そのためには、まず聴くこと。ただそれだけのことが、いつまでたっても容易ではありません。

ロッシーニ 「3つの宗教合唱曲『愛』」

 「愛」

愛に満てる我が主よ
汝が御手に抱かれて友となりし我らは 苦しみを分かち合わん

愛に宿る主なる神貧しき者に望みを与とう
愛に満てる心は世に光をもたらさん

汝が光覆う所 憎み争い後を絶ちて
永久に知らす主の愛 戦いをうち沈め憎み争い後を絶たん

愛に宿る主なる神、貧しき者に望みを与とう

(フランス語)ぜひCD版をどうぞ。画像をクリックするとアマゾン試聴ページに飛びます。

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現代曲からシェイクスピアの劇中歌、ロッシーニまで、本当に自由で美しい声楽アルバム。どなたか一緒に歌いましょ。

 

 

 

自称ピコ子見参【英語早口言葉その1:P】

これどうするつもり。本当に全部やる気?暇すぎる。

ピーター・パイパーで知られる英語のアルファベット早口言葉シリーズ。そう、シリーズなんです。ピーター・パイパーは「P」の項。AからZまであるのですよ。

クリストフ・ヤフケ先生のコレクション本より(自費出版)

クリストフ・ヤフケ先生のコレクション本より(自費出版)

今日は通訳道場の日。口のエンジンの調子はいかに?ひとりで録音するとなると緊張します。いつもは学生の目が点になるのが面白くてしょうがないんだけど。最初にノーマルスピード、後半に早口です。

これはまったく関係ありませんが、週末スペシャルサービス、東北早口言葉だそうで。福島とちょっと違いますね。

では、そろそろ出かけます。みなさまもHave a fab weekend!

クリスマスは何日ある?

あらやだもう12月。年賀状、クリスマス、大掃除、お正月の準備。
子どもたちはクリスマスプレゼントにお年玉で大喜びだけど…

ご存知でした?
日本は海外の2倍忙しい年末だって…

子どもたちに2重プレゼントしているって…

「クリスマスの12の日」という早口言葉みたいな歌がありますよね。あれ、おかしいと思いませんか?12日もクリスマスを祝っていたら…松が明けてしまう!

そう、それでいいんです。クリスマスは12日あるんです。26日にツリーをひっこめなくてもいいんです。

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もともと東方教会も西方教会もクリスマスは1225日に祝っているつもり。ただ東方教会はユリウス暦、西方教会はグレゴリオ暦を使ったので日にちがずれました。東方教会のクリスマスは西方では1月6,7日に相当することに。

2つクリスマスがある!ラッキー!…いえ、ケーキ屋さんはともかく教会はそうもいきません。どちらが本当のクリスマス?

さいわい(かどうかはわからないけれど)、東方教会のクリスマスの意味合いは西方とは少し異なっていました。イエスの誕生だけでなく、誕生からヨルダン川での洗礼までの少年時代すべてを祝う日だったのです。

そうか、ちょっと違うんならそのまま両方とっておこう…!2つのクリスマスの間の12日間を「クリスマス節(降誕節)」としよう、ということになりました。

16日からはヨハネによる洗礼の意味が失われ、「東方の3賢者」と会った日とされるようになりました。

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なんだか理屈っぽいこじつけのようですが、「あ、それいいかも」と受け入れられるにはそれなりの条件もととのっていたようで…

もとよりイエスが1225日に生まれた根拠はありません。

陰極まった冬至を過ぎ、陽に転じて間もない数日。太陽の復活を確かめ、祝うのは何よりの喜びだったことでしょう。そして自然界を育む太陽に、魂の太陽=イエスを重ねたのです。

まあ、日本だと親戚や近所の手前もありますから、クリスマスツリーだけでは苦しいものがありますね。「出しっぱなしだけど、具合でも悪いの?」なんて親切なご近所さんに心配かけてはいけません。いっそ門松とのハイブリッドにしてはいかが。

いずれにしても、行く年くる年、静かに感謝するひとときを大切に。

言葉は文化遺産、道場ではひとつひとつの由来、イメージを大切にしています。

 

「間違ってもいいから言ってごらん」???

「間違ってもいいから言ってごらん」

英語のレッスンでよく聞くでしょう?
私は決して言わない。
これで嬉々として口を開く学生なんて見たこともない。

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間違っているのわかっているくらいなら、直せるってば。
間違っている気がするけどそれができないから、もじもじしているんでしょ。
このまま「あー、そこ間違ってる」とわかる他人に口を開く。
それが楽しいか楽しくないか、考えなくてもわかるでしょ。

先生はこのもじもじ感を大事にしようよ。

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学び手はいつも本物で包囲したいもの

若い人たちってちゃんと自分のこと気にしている。
寝ぐせがとれないだけで学校遅刻したり…
毎朝40分もかけてお化粧したり…
お化粧が間に合わないだけで巨大マスクで覆面したり…

このセルフモニタリング能力を活かそうよ。
「ばかみたいなことに時間かけてないで勉強すればいいのにねえ」なんて言う先生、
あなたは気の毒なオバサン。

息を呑むほど美しいものでなければ模倣するに足らない

息を呑むほど美しいものでなければ模倣するに足らない

セルフモニタリングが最大限になるのは、憧れを掻き立てられたとき。
憧れに近づきたいと願えば、べらぼうな言語インプットなんて当然の副産物。目的とするまでもない。

え?グループレッスンだから一人ずつ違う憧れでは困る?

あのねえ、まず先生が憧れられる存在でいてください。

通訳レッスンでは「間違ってもいいから訳して」いる暇はありません。とにかく本物で包囲する。
ひたすら聴く。べらぼうにインプットする。モデルを示す。
アウトプットはそれからでいい。
ヴァリエーションは生まれても間違いはまれ。

コミュニケーション=発信力?

Bullshit.