ビジネス用語はまるで宣教師みたいだけど…

「御社のミッションは…」
「社長は明確なビジョンを…」
「オムニのエバンジェリストの○○さんは…」

あら!ビジネスにはミッションスクールみたいな言葉が沢山。確かに宣教師は洗練されたマーケターとセールス集団。戦争、大量生産・消費を経てモノ余りの今日、生き残ったホンモノどうしが頂で出会うってこういう感じかしら…

とは思ったものの、微妙な違いが気になりました。これには理由がありそう(あるんです!)。

たとえば、キリスト教ではおなじみなのに、ビジネスマンの口からは出てこない言葉があります。

それはcalling, vocation。コーリング、召命と言います。神様の呼び声のことです。これを聞かなかったふりしてトンずらしてえらい目にあったのが、あの魚に呑まれたヨナです。
こんなふうに始まります。

主の言葉がアミッタイの子ヨナに臨んでいった、「立って、あの大きな町ニネベに行き…」(ヨナ書1章1節 1955年口語訳)
Now the word of the Lord came unto Jonah the son of Amittai saying, Arise, go to Nineveh that great city, and….(King James Version 欽定訳)

bibelwissenschaft.deより

ヨナはは偏屈で一緒に呑みに行きたくないタイプです。でもこの話は面白い。くわしくは旧約聖書のヨナ書をどうぞ。

コーリングに応えて「遣わされる」のがミッション。ラテン語mittere「ある務めを担って遣わされる」が語源。「遣わす」声の主、大いなる存在は別にいるという感覚です。

え、そんなことビジネスに関係ない?もっと主体的でないと?キリスト教の知識なんかいらない?そりゃそうかもしれません。でもそう思う前提、価値観も何らかの方向性を帯びているのですよ。その方向づけの正体がこのごろ見えてきましてね。次回はビジョンvisionをとりあげます。

どれだけ「当たり前」を疑えるかが精神の自由を左右すると私は思うのですよ。