英語よくある失敗」カテゴリーアーカイブ

コロケーション辞書、使ってますか?―「池上彰の新聞ななめ読み」をヒントに②

「コロケーション辞典をひきなさい」
「語源で考えなさい」

耳にタコができるほど英語の先生に言われたでしょう?え、そんなことない?じゃあ、通訳を教えている冠木先生が呼んでいると言っておいて。別に怖がることはありません。

コロケーション(con/l共にlocation位置する)とは相性のよい言葉の組み合わせ定番のこと。耳にタコができる、と言うけれど耳にイカができる、にはびっくりしますよね。わざとでなければこんなことは言いません。

どの言語でも優れたライティングには語源とコロケーションが大切。まあ、メイクや服のコーディネートのようなものです。このごろはコロケーション、語源が入っている電子辞書もずいぶん出回っています。「メニュー」ボタンで調べてみて。なかったらありがたくオクスフォード大学の無料オンライン辞書を拝借しましょう。

コロケーション辞書

語源辞書

さて、トランプさんは毎日言いたい放題なので、就任演説などはとうの昔のような気がしますが…池上さんはrestore its promiseを「約束を復活」とした日経、読売を「直訳」、毎日の「約束を守る」が自然だとしています。

私はこれには賛成できません。単語を置き換えただけのような日本語の訳文をながめ、ああでもないこうでもないといじってもそれは日本語の作文の練習。最後にはこなれた日本語になって当たり前。でももとの英文を離れてはもう訳ではない。「悪い」こなれです。

restorere(-し戻す)store(修理する)の意。レストランrestaurant体力修復所と兄弟の語源です。一度は壊れた、腹ペコになったことが伺えます。 

約束を「守る」ではこの「一度台無しになった」感が台無しです。

promisepro(前に)mise(遣わす)。相手の「前に」「月末に10万円返します」と書いて差し出すイメージです。 

さてpromiserestoreの組み合わせ、ちょっと珍しいのでは? 

promiseと動詞の組み合わせでコロケーション辞典をひくとgive, make, hold out, fulfill, honour, keep, break, go back on extract…などが出てきます。やはりrestoreとの組み合わせは定番ではないのです。

トランプさんがどれだけ意識的にコロケーションに挑戦しているかは存じません。ただ、翻訳者が非定番を定番に移して「自然でしょう?」なんていうのは自己満足。さて、どうしたら…?

たとえばこんなのは?

「約束を結びなおす」

「約束を再び結ぶ」

「展望を取り戻す」

 

「結ぶ」で日本語らしさを確保、「なおす、再び」でrestoreのニュアンスを活かしています。もっと飛躍できる気もするのだけれどね。

3つめの「展望」に驚いた?イヒヒ!もちろんわけがあるんですよ。

通訳、翻訳の楽しみは、橋かけは無理と思われた川岸に、橋脚を立てるポイントを探し出すこと、橋をかけること。コロケーション、語源は強力な味方です。

 

 

 

これじゃ「こなれ」る訳がないー「池上彰の新聞ななめ読み」をヒントに①

みなさん、今日は新聞読みましたか?
朝日では池上彰さんが新聞各社のトランプ大統領就任演説翻訳を比較しています。(朝日新聞 1月28日朝刊)。何回かこれをヒントにしてみます。

「こなれ」ているか「自然」かが池上さんにとってのポイントのよう。読み手の側に立てばごもっともな視点。

でもね、通訳、翻訳を学ぶひとたちの基準としては不十分。

たとえば、レストランでおいしい料理が出てくるのは当たり前でしょ?アマじゃないんだから。プロは素材選びや調理方法、器、インテリアにこだわってお客さんの「おいしい!」の瞬間まで隙なく最善を尽くすでしょ?お客さんは何がどうしておいしいのかわからなくてもいいの。でもシェフが味見して「なんかおいしい」なんて満足してたら、ダメだこりゃ。

順序にも意味がある

池上さんがおっしゃる「こなれていない」≒おいしくない、も原因はいろいろ。素材選び、調理手順…つまづき箇所はさまざまです。

主に採り上げられたのはほぼ出だしのこの部分。
We, the citizens of America, are now joined in a great national effort to rebuild our country and restore its promise for all of our people.

読売新聞の日本語訳は「なんともこなれていない」とご指摘。
―私たち米国市民は今、国を再建し、すべての国民に対する約束を復活させるための偉大で国民的な取り組みに加わっている。―

あらほんと。

どうしてだと思う?

意味のまとまり、イメージごとに番号を振りますよ。
①We, the citizens of America, ②are now joined ③in a great national effort ④to rebuild our country and ⑤restore its promise ⑥for all of our people.

読売では
①私たち米国市民は今、
④国を再建し、
⑥すべての国民に対する
⑤約束を復活させるための
③偉大で国民的な取り組みに
②加わっている。

あれまあ。

フルコースって、前菜→スープ→魚料理→口直しシャーベット→肉料理→デザートでしょ?

それが前菜→口直しシャーベット→デザート→肉料理→魚料理→スープになってしまいました。前半は女子の栄養失調ランチみたいですけどね。

読売訳が「こなれていない」原因は過剰な「番狂わせ」です。

ついでに調べたNHKも似たような感じです。
「私たちアメリカ国民はきょう、アメリカを再建し、国民のための約束を守るための、国家的な努力に加わりました。」
(なぜour countryがアメリカ?citizenもall of our peopleも国民?国家的とはどういう意味?)

どこもこんなレベル?と探してやっと見つけたのは山陽新聞。スタイルを感じます。
「米国の市民はいま、大いなる国家的取り組みに向け協力することになった。国家を再建し、全ての人が希望を取り戻す取り組みだ。」

繰り返しになるけれど、人間はイメージが浮かんだ順に言葉にする。その順序そのものも大事な情報。ひっくり返しは最低限で。そもそも英語と日本語は主語述語の概念が違います。わざわざひっくり返して律儀に「―がーです」なんて骨折り損。

イメージの順を守ると違うお話になってしまう…という人は英語の構造感覚=文法に弱みがあります。おさらいしましょう。

池上さんはrestore its promiseを「約束を守る」と訳した毎日新聞を「こなれています」と評価しておいでです。これには賛成しかねます。ここは私も唸ったところですが。

こなれにも良いこなれ、悪いこなれがあります。

それはまたこの次に。

Keep warm and stay well.

 

私が授業でスラングを重視しない理由

Are you nuts?を「あなたたちは木の実ですか?」なんて訳したらあなたがnuts。これ、「あんた気が変?」のような意味。

「え、こういうの面白いです。もっと知りたいです」

うん、気持ちはわかる。使えるとちょっと楽しいしね。でも授業では優先順位高くする予定はないな。

「下品だからですか?」

西洋の小鬼、ガーゴイル。なんだか恐くないですねえ。

西洋の小鬼、ガーゴイル。なんだか恐くないですねえ。

ううん、そうじゃない。通訳ともなればお上品ぶるより言葉の幅を広く持つことはとても大切。ただ、こういうスラングや若い人の言葉は変化が速い。nutsなんて昔からの言い方だけれど、すぐに古くなってしまうものも沢山。アメリカの日本語学校でアメリカ人の先生が一生懸命「ナウい」なんて教えていたら、噴き出しちゃうでしょ。ネットや映画の方が早いんじゃない?

それにね、そういう言葉はぜひ仲間から吸収してほしい。日本語でもそうだったでしょ。お母さんに「どこでそんな言葉づかい覚えたの!」と叱られたのは何とも楽しい悪ガキ仲間の言葉。そうやって大人をびっくりさせるのも楽しかったでしょ?

「悪い」言葉は蜜の味、仲間のパスワードみたいなもの。先生に習うなんて野暮もいいところ。どうぞ、親ごさんや先生の目の届かないところで仲間からごっそり仕入れてください。

息を呑むほど美しいものでなければ模倣するに足らない

息を呑むほど美しいものでなければ模倣するに足らない

さて、先生は何をするかというと…文化遺産のバトンタッチです。何がどんなに一時流行しようがしまいが、これを知ることは過去と未来への「責任」だ、といえることを優先します。

それを受け取った皆さんがどこへ出しても恥ずかしくない人になりますように。
突然エリザベス女王に出会ってもうろたえずにすむような。
そして、よくぞ異郷のことばを敬意をもって学んでくれた、と感動される人になりますように。

今夜(未明)のトランプ氏就任演説、気になります。アメリカ大統領の演説には受け継がれる、こだまし続けるフレーズがある。トランプさん、tweet(さえずる)しないでbark(吠える)ばっかりしているけど、どうなることやら。

 

英語が話せれば世界が広がると思っている?

「ああ、英語が話せるようになりたい!」

なんでまた?

「だって世界が広がってグローバルに活躍できると思って。」

もう…どこの売り文句に鵜呑みにしてるのよ。

 あのね、英語は話せるだけじゃどうにもなりません。そんなところで止まっていたらイワシの群れのど真ん中。ほら、クジラが大きなお口を開けて近づいてくるよ。

 話せなくていいと言っているのではありません。そこで止まるなと言っているのです。

書けなくてはどうにもなりません。

 例えばアメリカの名門リベラルアーツカレッジはどこもライティングを重視しています。留学生には始めの段階でスピーキングのサポートがあることもあります。でもそのあとは本科学生と一緒にライティング・センターのお世話になるのです。たとえば内村鑑三も学んだアマースト・カレッジ。

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「いや、そこまでは望まないな…。海外旅行のときにもっと楽しめれば…」

 え、今なんとおっしゃいました?

 あなたに仕事で会いにくる海外の方たちは、選ばれて日本との懸け橋となった優秀な方たち。高校時代からライティングを叩き込まれているはずです。そんな人たちに選ばれているあなたにはもっと高望みがふさわしい。

それに海外旅行でちょっとしゃべって楽しい、というレベルなら6か月、8割独学でなんとかなる方法があります。(おお、DL用の小冊子をまだ書いちょらんかった)

さて、書けるようになるには読めること。読めるには聴けること。意外かもしれませんが、耳ができていないと無理して読むことになります。

そこでお勧めなのがAudible.アマゾンが運営するオーディオブック屋さんです。整った文章を耳から入れたら一石二鳥。

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まあ、あなたの人生の次の扉が本当に英語かどうかもう一度考えてみてもいいかもね。

それでもやっぱり英語に挑戦したいなら、今度は半端なこと言わずに頑張ってください。

こりゃもういいや、餅は餅屋、というお方はどうぞこちらへ。。

「冠木さん考えるとき英語?日本語?」

よく訊かれるんです。
「英語で考えたり、寝言を言ったりするんだけど、『こんなもん?』という感じがして…」
その違和感は鋭い。
「え?冠木さんは英語で考えるの?」
NO
「じゃあ日本語?」
NO
「??? やっぱり何も考えてないんだ!」
おっと…その可能性もあるけど…。

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言葉で考えているのってサバイバルモードのとき。過去のやりとりを蒸し返していたり、苦手な相手に会う前に作戦立てていたり。これは考えているというより思い煩っている状態。スピードも遅い。

調子のよいときは言葉で考えていないんです。アタマの中に単語1つ転がっていない。
しいて言えばイメージや音楽のような「感じ」が瞬間的に顕れる。それが話し相手によって日本語で出てきたり、英語で出てきたり。自分でも「あれまあ、日本語だよ」「おやまあ英語だよ」と他人事のように聞いている。(今年はそこにフランス語が加わるのだ!)
自転車に乗るのと似ている感覚です。「右折するからペダルをゆるめてスピード落として、右手を引いてハンドルを傾けるぞ」なんて意識しません。すべて自動化されて自然です。
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「自動化=自分と一つになっている」動きは自然で美しいでしょう?
もちろん始めから自動化、一体化しているわけではありあせん。まず徹底的に意識、セルフモニターして繰り返す。いちいち考えながら自転車を漕ぐように。
同じことをぼけっと繰り返すのではありません。毎回微調整します。したくなるんです。
考えたり、寝言を言ったりするのに英語が出てくるのを喜んでいるようでは一体化が未完成です。
ところがこのレベルでもTOEICでは結構な点が取れてしまう。で、現場で困る。アタマの中で英作文なんかしていたら仕事になるわけがない。
きちんと一体化するにはまとまりのあるインプットが必要。ストーリーをまるごと正確に暗誦するのがおすすめです。聴く(+読む)+話すを全部やる。会話の場数増やしてもダメです。
大変そう?

そうね、やらない限りいつまでも大変そうに見えるでしょうね。でもやってみると意外や意外、雑念が消えて童心に帰るような心地がするもの。そして通訳も美しくなる。

Grasp the nettle.

あなたも何か「自分とひとつ」になるまで取り組んだものがあるでしょう?時間を忘れて夢中になったことがあるでしょう?ピアノ?サッカー?

まずその感覚を信じて下さいね。ご自分の物差しを大事にしてくださいね。

それやってみたい!仲間がいればなお心強い!という方をお待ちしています。

 

学習優位感覚、その活用法で大丈夫?

やっぱり自分のことって気になるもの。タイプ判定アプリは相変わらずの人気です。教育では「学習スタイル」がそれに相当するようです。

こんなふうに言われたこと、ありませんか?
「あなたって聴覚優位ね。歌うみたいに話すし、擬音語も多いからすぐわかったわよ。」

おおっ、そういう見方があるのか、面白そう、もっと知りたい、と思っても無理はありません。

そんなに簡単に…まあ…

そんなに簡単に…まあ…

学習優位感覚(VAK)とは視覚Visual、聴覚Auditory、体感覚Kinaestheticの3つの感覚を学習に主に用いられる感覚とする考え方です。何十年も前にこのことを初めて提唱したのはゴードンメソッドのスタッフだったと言われています。(ゴードンメソッドは日本では「親業」として知られています。)

私もこの見方を面白いと思ったことがありました。ただ、なんとなく気になる違和感があったのです。教育関係でもたびたびブームになってはいました。でもいつもきまってある壁を超えられずに尻すぼみになっていたのです。なぜだろう、と気になっていました。

The University of Virginia で神経科学・心理学をベースに認知と学習を研究するDan Willingham 教授の著書”Why Don’t Students Like Schools?”を読んで腑に落ちました。

世間のプロのハラって賢いものですね。要らないもの、怪しいものはさらりと拒む。いくらごり押ししても入らない。

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そもそもこのフレームワークは人をタイプ分けするためにあるのではなく、活動のバラエティを担保するためのものだったそう。

“Learning-style theories don’t help much when applied to students, but I think they are useful when applied to content.”(p.165)
学習スタイル説は生徒にあてはめてもあまり役に立たないが、学習内容にあてはめると役に立つようだ。

確かに、私もレッスンを組み立てるときはこんなアクティビティ表を作っていました。どのアクティビティがどの感覚を主に使うか「相対的」に印をつけたものです。出前授業を頼まれるようになったのもその頃からです。

Activity

V A K

Recitation

Read and Look Up

Cards

実は生徒たちのタイプを見立てようとしたこともあります。でも深い違和感がありました。同じ人でも日によって、話題によって様子ががらりと違うからです。毎日会っていなければ気づかなかったことでしょう。

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実はVAKを人に当てはめた場合の妥当性は証明されたことがありません。

It’s important to keep in mind what the hypothesis behind learning styles actually is. The prediction of any learning styles theory is that teaching method one might be good for Sam but bad for Donna, whereas teaching method two might be good for Donna but bad for Sam….An enormous amount of research exploring this idea has been conducted in the last fifty years, and finding the difference between Sam and Donna that would fit this pattern has been the holy grail of educational research, but no one has found consistent evidence supporting a theory describing such a difference….Children are more alike than different in terms of how they think and learn.

留意すべきは、学習スタイルの背後にある仮説はどんなものか、ということだだ。あらゆる学習スタイル説が決め込んでいるのは…サムにはよさそうな教授法①はドナにはだめで、教授法②はドナにはよいがサムにはダメでということだ。この観点を検証すべく膨大な研究がここ50年の間になされた。サムとドナの間にこの見方にぴったりあてはまる差異を見出すことは、教育研究界の「聖杯」でありつづけている。しかし、まだ誰ひとりとしてそのような差異を唱える説を支持しうる恒常的な証拠を見出していない。…子どもたちの考え方、学び方は違っているところより似ているところの方が多いのだ。

人の多様性はゆっくり付き合うに値すること

人の多様性はゆっくり付き合うに値すること

私は証明されていない=存在しない、と考えているわけではありません。証明されていないけれど、わりといんじゃないか、ということは少なくありません。

でも一抹のためらいも感じずに「愛」を理由にそこに手を伸ばすことはできません。

ためらいを感じるには標準的、アカデミックな知識とプロトコルが必要です。

If you have felt nagging guilt that you have not evaluated each of your students to assess their cognitive style, or if you think you know what their styles are and have not adjusted your teaching to them-don’t worry about it. There is no reason to think that doing so will help. And if you were thinking of buying a book or inviting someone on for a professional development session on one of these topics, I advise you to save money.

もし自分はまだ生徒ひとりひとりの認知スタイルを見定めていないと気が咎めている、あるいは生徒たちのスタイルはわかってはいるのに自分の教え方をそれに合わせられていない、と思っているとしても、心配無用。そうしたほうが役に立つという理由などない。本を買ったり、職場研修に誰かを呼んできてこの手の話をしてもらおうと思っているなら、財布のひもを締めるようお勧めする。

人は結局自分のことが気になる。VAK説の濫用にはそんな人の性が影響している気がしてなりません。

お手本の英語音声よりこだわって欲しいのは…

留学帰りのもと同級生の英語を聴いておおっ!と思ったことはありませんか。発音が見違えるようにかっこよくなったのに、本人はなんともないような顔。そう、あれはかっこよくなったというより自然になったのです。だから楽。それが耳、カラダのなせるわざ。 

あれれ?日本で日々刻苦勉励したのに…どうも…それはあなたの認知力の問題ではありません。日本にいる限り、物理環境から生理的影響をうけます。それをアタマでカバーしようとする人もいますが、I am much too lazy to do so. Let Nature be your teacher.

ではどうしましょう。 

自分の声を聴くことです。「お客様の声」というように、声はひとの心、ひととなりそのもの。声は身体という楽器を通して響きます。頭と口だけの舌先三寸は「まこと/真言」でない。

着替えることも、人と取り換えることもできない、アイデンティティそのものである声。

人は自分の声がとても気になるのです。

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以前も紹介しましたが、イギリスのコリン・レイン博士は元聾学校の先生。聾のある生徒たちの観察から、通常学級の子どもたちにも通用するシステムを70年代に作り上げました。

そのシステムではお手本をリピートするだけではなく、リピートした自分の声を録音、聴き、気に入るまで聴いて録りなおすのです。相手は機械ですから何度繰り返しても文句を言いません。自分で素敵、と思えたら先にすすみます。終わるころには皆ご機嫌です。そりゃそうでしょう。

これがセルフモニターの力。単独アクティブラーニングです。単独、が大事です。

最近、面白い論文を見つけました。ボローニャ大学心理学部のカンディーニ教授グループが自分の声への認知を研究したものです。

実験はシンプル。同じフレーズを自分の声+親しい人の声or知らない人の声で続けて聞きます。問いを2パターン用意します。「二つとも自分ですか?」「二つとも同じですか?」

後者の方が答えの精度が高いのだそうです。他者の声を、そうとわからないまま「自分かも?」とアタマで考え出すと混乱するのですね。

レイン先生の調査レポート集。

レイン先生の調査レポート集。

レイン先生だったらこの録音を聴いている被験者の唇に注目したことでしょう。人間は自分の声を聴いているときは、おのずと唇がわずかに動くことが多いそうです。カラダはわかっているんですよ。

録音はスマホでもICレコーダーでもできます。語学専用機器で少しずつリピートしては録音、を繰り返すならこちらがおすすめです。エデック社のSDリピーター。とにかく堅牢で、気が散りません。FBなんか見られません。ワンツール、ワンミッションです。

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録音が目的ではありませんから、リアルタイムでセルフモニターできるとなお便利。握りこぶしを口に近づけてマイク代わりにしてもよいでしょう。帽子をかぶってもいいですね。英語子音の高周波をサポートできるツールはなおよいです。

人間は自分が発する声と言葉がとても気になるのです。「間違ってもいいから言ってごらん」なんて不自然で失礼。だいたい、間違っているかどうかなんてわかりません。 

まず憧れるに足るモデルでべらぼうにインプット、そしてべらぼうに模倣を。

アタマに自信はないけれど、英語らしい発音で話したい方へ

おめでとうございます。あなたはきっと大丈夫。

語彙や文法に自信はなくても、ちょっと話すと周りが「おっ」と反応するでしょう?話せる、と思われることがあるでしょう?私もそのタイプです。

音は人間の小賢しいアタマ(認知)の産物ではありません。その証拠に、アタマを使って発音をよくしようという試みは…やらないよりましですが、大したことにはなりません。

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「説明」は「アタマ」へのアプローチ。カラダがもったいない…

「口角を前に…」
「口を縦に使って…」
「上唇も使って…」
「手鏡で自分の口を確認して…」
みなアタマでコントロールしようとしています。不可能ではないし、やらないよりはましですけどね。(できるようになってもいまひとつ不自然なんです。)

 

発音記号にも限界があります。口から出てきた「音」は記してあるけれど、音の一瞬前の「息」の違いは書かれていません。birdもburnもeが逆さまになったような同じ記号が書いてあるでしょう?
本当は違うのですよ。
耳に任せれば、聴き分けて言い分けられるようになります。
私たちのカラダはアタマより頭がいいのです。
英語学習でカラダに相当するのが「耳」です。自然な英語習得にはとにかくネイティブの自然な=高周波の子音が自然に含まれている語りをべらぼうに聴くこと。
とはいっても3か月以内にたった100時間程度ですが。
別に素材は政治や経済、ニュースを選ぶことはありません。確かに必要なときもあるでしょう。むしろ「感情」が動く素材をおすすめします。映画でもドラマでも結構です。私はDead Poets Societyが好きで好きで、この27年見続けて、とうとう映画まるごと頭の中にインストールしてしまいました。
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憎まれ役の校長のスピーチまで知らないうちに覚えてる!!

 

さて、聴きながらスクリプトを読んだり、日本語の本を読んだりして視覚で耳の邪魔をしてはいけません。聞き流しが失敗する理由のひとつはコレです。「ながら学習」のつもりで目を使って別のことをしていませんか?現代人は視覚入力優先。せっかくの聴覚入力が干渉されます。
 
さて、100時間を終えると…感覚が変わっているはずです。ちょうど留学した人たちがい「いきなり聞こえるようになった」というタイミングです。
少し前の見方ですが、浜松医科大元教授の植村研一先生は、このときウェルニッケ野に英語中枢が分化していることをつきとめました。英語を日本語に置き換えることなく聞けている状態です。Well, I believe…と出だしを聴いただけで、この文の長さ、軌跡が「予測」できるようになります。語り手の感情も瞬時に感じられます。
「予測」ができない状態で「リスニング」をテストのために勉強するのも、
「スピーキング」のために頭の中で英作文するのも、そもそも無茶で無駄の多いやり方です。
記憶は予測を生み、予測は記憶を容易にする。

記憶は予測を生み、予測は記憶を容易にする。

さて、人間は聴き取った音を反射的、無意識的に再生できるように作られています。これを耳声ループといいます。このループに小賢しいアタマが入る余地はありません。
とはいえ…日本にいれば湿った空気のなかで日本語を聴き、話す時間が長い。聴き取れた英語をそのまま口で再生するにはハンデがあります。
次回、この環境・生理的ハンデとうまくつきあうコツをご紹介します。

通訳トレーニングが認知症予防になる理由

と書いて…棚の上から失礼します。

「通訳を介して」という表現にふれるたび、申し訳ないような、悔しいような気持ちがします。きっと凡庸な通訳に隔靴掻痒の思いをなさったのでしょう。本来の通訳なら「よほど通訳を入れた方がのびのび自分らしく日本語で話せて、英語でも伝わったという実感がある」と喜んで頂けるはずなんです。そう信じて大学に加え、横浜で社会人対象の通訳養成を始めました。

中心に据えているのが「言語の数学・音楽性」と「通訳養成の身体性」です。

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外国語学習や通訳に身体性、というと意外な顔をされることもあります。でも言語はアタマだけで処理するもの、とは思えません。脳機能局在論もどうも古い…あれはスポーツで言えば野球、ポジション固定型。生き物はもっとサッカーのように柔軟なのでは?各パートからそのときどきの適者どうしが連携するのでは?と体験から感じているのです。

私のユニークな実感に理論的な裏付けをもとめて、夏休みに岡崎の大学共同研究機構に生理研を訪ねました。そこで教えて頂いたのは、私の背側線条体(尾状核と被殻)が大きくなっているand/or機能が高まっているらしいということ。以来、わらしべ長者のように「ビジョウカク、ヒカク」と唱えていたら、こんな面白い論文が!

 

シャドウイングと同時通訳のfMRI実験でわかったこと

ジュネーヴ大学のエルヴェ=アデルマン教授たちは50人のイタリア語、ルーマニア語などを話す主にヨーロッパのバイリンガルに英仏語のシャドウイング、英仏語からの同時通訳をさせて、同時にfMRIをとりました。ほぼ同じところが活性化していたそうです。それが尾状核と被殻。しかも左右両側です。

これは右耳利きが言語処理に有利とする説に一石を投じそうです。

この実験のちょっとおかしなところはこのバイリンガルさんたち、全く通訳のトレーニングをしていないアマだというのです。シャドウイングと同通で同じ部位が活性化している、という報告なのですが、文中にあるとおりトレーニングを経たプロの同時通訳者なら同通で活性化する部位は小さくなるそうです。

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バイリンガルがアルツハイマー予防に?

Bilingualism confers a variety of cognitive advantages (Abutalebi et al. 2009; Diamond 2010), including improve non-linguistic executive skills (Bialystok et al.2012), and delaying the appearance of symptoms of Alzheimer’s disease. More recently, it has been proposed that the bilingual advantage arises from increased use of a more general “conflit monitoring” system in bilinguals compared with monolinguals (Costa et al. 2009; Hilchey and Klein 2011; Abutalebi et al. 2012b)

バイリンガルにはさまざまな認知的利点がある。たとえば非言語執行スキルが向上する、アルツハイマー型認知症の発現を遅らせる、など。さらに最近提示されたことには、こうした利点はバイリンガルはモノリンガルに比べてより頻繁に全般的な「衝突監視」システムを用いることに起因するというのだ。

英語を学ぶなら日常英会話より、はじめから通訳トレーニングでやるほうがいい。感覚がさえて、頭もしゃっきりすると思っていたところです!

The existing neuroimaging literature on SI is very sparse; only 1 PET study on 8 professional interpreters revealed activation in the left inferior frontal gyrus and the SMA during interpretation (Rinne et al. 2000; Tommola et al.2000)

同時通訳に関する神経画像は非常に乏しい。8人のプロの同時通訳を対象にしたPETが1点あるのみで、通訳中は左下前頭回と補充運動野が活性化することが明らかになっている。

All the regions involved in SH are also involved in SI, reflecting the common linguistic and executive demands of the tasks. Left inferior frontal gyrus regions additionally recruited during interpretation over SH include pars triangularis, known for its role in semantic processing (Dapretto and Bookheimer 1999; Bookheimer 2002), and pars orbitalis, implicated in semantic memory and cognitive control of memory (Badre and Wagner 2007)

シャドウイングにかかわる領域はすべて同時通訳にもかかわいる。これは両方のタスクに共通する言語・執行に関する要求を反映している。左下前頭回は同時通訳中はシャドウイング時より漸増するが、ここには三角部という意味処理を担うことで知られている部分、眼窩部という意味記憶と記憶の認知的コントロールにかかわる部分がある。

シャドウイングといっても日本の教室ではテキストを見たままスピーカー放送を聴いて「読経集団」状態のことも。テキストは伏せて、イヤホンで11の設定で聴きましょう。そうでないと同通につながる道になりません。念のため。

バイリンガル、認知全般にうれしい影響

A striking aspect of these results is the recruitment of the dorsal striatum (the caudate nucleus and the putamen).…Although the basal ganglia are often discussed in terms of their role in motor behavior, they play a central role in circuits known to subserve multiple, non-motoric aspects of cognition such as attention, learning and memory, and executive functions (Saint-Cyr 2003).

これらの結果で目を見張るのは背側線条体(尾状核と被殻)の漸増である。(中略)大脳基底核は運動における役割について議論されることがしばしばだが、基底核は注意、学習、記憶、執行機能といった認知の複合的、非運動的側面を下支えする回路でも中心的な役割を果たしている。

軽々に左脳、右脳にわける見方は疑問。

右脳を万能の魔法使いのように尊重するきらいもありますが、右脳だけではどうにもなりません。左右の連携こそが肝要。通訳の仕事では特に仲良く協力しているようで!

The bilateral nature of the findings we report here expand those of several previous reports cited above, in which the left striatum is principally implicated in tasks requiring multilingual language control (Klein et al. 1994, 1995, 2006; price et al.1999; Lehtonen et al. 2005; Abutalebi and Green 2008; Garbin et al.2010)There is also some indication from direct electrical stimulation that the dominant striatum (typically the left striatum in right-handed individuals) is involved in the control of speech production, with the putamen more implicated in the coordination of speech articulation , and the caudate involved in inhibition and selection, in monolingual patients (Gil Robles et al. 2005).

ここで報告する両側性の発見は、すでに引用したこれまでの報告を敷衍する。これまでは複数言語のコントロールを必要とするタスクには主に左線条体が関わるとされてきた。また、直接電気刺激による示唆として、優位の線条体(たいてい右手利きの人の場合は左線条体)が発話には不可欠で、被殻はより滑舌の協調コントロールに、尾状核は抑制と選択にかかわるとされてきた。ただしこれはモノリンガルの患者に場合である。

Consistent with this, our data indicate that the bilateral caudate nuclei and putamen are implicated in SI.

この指摘とも一致するが、我々のデータは同時通訳の場合、両側の尾状核と被殻が関わることを示している。

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Our results provide new insights into profound overlap between the neural bases of extreme language control and those of domain-general control of cognition and action. Indeed, recent evidence suggests that experienced simultaneous interpreters display enhanced cognitive flexibility compared even with bilingual individuals. (Yudes et al. 2011; Stavrakaki et al. 2012).

我々の調査結果が新たに示すのは、究極の言語コントロールを行うための神経的基盤と、全領域において認知・行動をコントロールする神経的基盤は深く重なり合っているということである。実際、経験豊かな同時通訳者はバイリンガルと比べても認知がより柔軟であることも最近証明された。

The recruitment of similar fronto-subcortical-cerebellar circuits during language and executive control provides powerful evidence that the continuous demands of language control in the multilingual brain, and associated experience-dependent plasticity, could underlie the nonlinguistic, executive advantages that have been observed in bilingual individuals, advantages that may also be protective in defying challenges posed by aging and even disease.

同様の前―皮下―小脳の回路が言語・執行コントロールにおいて活性化するということは次のことを確かに証明している―マルチリンガルな脳に対する継続的な言語コントロールの要求とそれに関連する経験に依存する可塑性が根底にあって、バイリンガルの人々に見られる非言語機能、執行機能の強み、加齢、疾病による困難に抵抗する際の保護になるような強みが成り立つのだ。

外国語を学ぶのは異文化を学ぶこと、と言いますが、それは認知レベルにとどまらず、生理レベルでも起きているということですね。異質に触れることで人間は磨かれる。バベルの塔が壊されてよかった!