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I love you は「私はあなたを愛しています」?―翻訳をめぐる思い込み退治します

「翻訳頼まれたのだけど大変。」

―おや、また何が?

「英語を読むとわかるんだけど、日本語が出てこなくて。」

ーどれどれ。

This textbook of internal medicine is aimed at colleagues, medical students and other therapeutic professionals, who, like the author himself, are looking for a healing art with an understanding of man’s body, soul and mind. Presently medical practice is dominated by a pathophysiologically oriented understanding of disease, in which the essence of sick people is not captured.

この内科学のテキストは著者と同じように人間の身体、心、精神の理解を伴う治癒のわざを探している同僚、医学生、諸療法のプロをねらっている。今日の医療実践は、病むひとびとの本質は捉えられていない、病態生理学寄りの疾病理解に支配されている。

ははあ。よくあるタイプの訳文。これで通用しているのもいくらでもあるけどね。訳文は読みにくいもの、と世間もあきらめちゃってるみたいだし。

でもあなたは気に入らないのでしょう。そのセンスは大したもの。きっと心の中でちゃんと音読、イメージ変換をやっているのだと思うよ。それでうまくいかないから気持ち悪い。 

あはは。「ねらっている」「支配されている」は辞書依存。ここは自分で考え直して。

私から今回は1点だけ、でも根本的なことを指摘します。

語順入れ替え訳だと…ニアミス、接触、墜落?

英語と日本語は語順が違う、という19世紀みたいな思い込みから自由になって。

I love youを「私はあなたを愛しています」と訳して「おお、日本語と英語は語順が違う」なんて言ってない?

「私はあなたを愛しています」なんて言いますかね。そんなこという人と付き合いたいですかね。こんなこと言われたら「へえ、そうですか。で、それが何か?」って返したくならない?

英語の主語に「は」「が」をつければ日本語の主語になると思ってない?

だいたい日本語と西洋言語では「主語」「述語」の概念が同じではありまでん。また、主語、述語、という概念がちょっと古い。それに学校で習う英文法は英語にとっても無理であるラテン文法の影響も残っている。

言葉もひとももっと自由。言葉の向こうには人がいる。

これは私の感覚なんだけれど…人はインスピレーションを受けてイメージが湧いた順に口を開く。先に思いついたことを後まわしにして、後から思い浮かんだことを先に言うなんて面倒くさいことをするほどひねくれてはいない。

だから「テーマ→謎かけ→答え」「旧情報→新情報」の順で語られること多い。ためしてガッテンだって「はい、テーマです!」って言ってからクイズでしょ?

 I love youをイメージ順どおりに辿ると、loveの花束をぐっとyouに差し出すしぐさが見える。「おれ好きなんだ、お前が。」でいいじゃない。この「お前が」は「が」がついてますけど、主語ですかね?

語順いじりは最低限で。さもないと紙芝居がめちゃくちゃになります。ABC,CDE,EFGと続いていたお話がACB,CED,EGFとなったら…頭が船酔いします。

ただ、別のお話を勝手に造るのは犯罪です。防犯には英語そのものの構造感覚、文法に基づいて語と語の関係を正確無比に把握すること。

では、がんばりたまえ。

本当はね、通訳と翻訳はひとつのことよ。

 

 

違いはなに?通訳プロ・アマの正確さ、聴きやすさ

「冠木さんはスピーカーの言ったキーワードはきっちり訳してる。でも単語を単語に置き換える通訳者とは別格の聴きやすさ。 何が違うんだろう??」

―たぶん、私しかやっていないのはノンバーバル情報の活かし方。

「それって冠木さんだからできるのでは?」

―いえいえ、そんなことないですよ。個人のセンスだのみじゃありません。写真、音楽…理詰めです。ステップもあります。まあ、練習しなけりゃお話にならないけどね。

ノンバーバル情報の主な要素はひとまず2つ。ひとつは文法。もうひとつは音声。

文法パーツはカメラの設定指示みたいなもの。絞り(ボケぐあい)、レンズの長さ(どのくらい周囲を入れるか)、露出(明るさ、ムード)が読み取れる。

秋明菊が写っているという共通点はあるけれど…絵が違います!

たとえば”My father is working for a bank.”と”My father works for a bank.”
前後の文脈なしでも気配の違いが感じられますか?

東北新幹線下り、仙台到着前の車内放送は”We will shortly be arriving at Sendai.”
in Sendaiだったら気持ち悪い、という感覚がありますか?

このあたり等閑だと同じものが写っていても写り方が違う写真になる。ピンぼけ手ぶれ写真が紙芝居みたいに重なると、間違っていないけれどわかりにくくなる。中高の英文和訳もしくはそれに毛が生えたような単語置き換え通訳によくある失敗。

さて、ふたつめの要素、音声は文字を超える情報を担う。同じ「おはよう」でも人によって、気分によって調子が違うでしょ?そこまで聴いて。ちゃんと聴けば声のメロディは記憶に残る。それを不自然でない程度にこだまする。そうすると声のカノンになる。話し手がモーツアルトなら通訳者もモーツアルト。これなら聴いていて楽。話し手がモーツアルトなのに通訳者がブラームスではおかしい。すべきことをせず勝手なことをしている。

この二人の音楽が8小節ずつ交互に聞こえるなんて…

さて、これら2つの要素も日本語がいまひとつでは台無し。そのことは次稿にて。

講座の質を最後に決めるのは通訳者です。海外講師を迎えたのに「英語ができる身内」に通訳を頼んでいませんか。英語ができるのと通訳できるのは別のことです。頼まれた方も気の毒、せっかくの準備ももったいない。

道場生のインターンとして無料通訳派遣も承ります。ご相談ください。

 

母音の前はaをanにする、のウソ

appleは出だしが母音だからnを足してanにする…本当にそう思っているの?じゃあなぜだと思う?どのくらい納得している?

納得していないのにこういう疑似ルール丸のみしていると、頭が断片化(fragmentation)しちゃう。デフラグしよう。

あのねえ、母音の前はnを足す、っていうのは考え方が逆さまなの。

考えても見てごらん。aってどういう意味?「1」でしょ。「a」単体でそんな意味ある?

aはoneの残骸なのよ。oneがめんどくさくなってanになってとうとうaになった。でも後ろが母音の時はくっつけて発音すると言いやすいから断捨離されずにnが残った。

試してごらん。a apple とan apple。nがないと喉がつっかえるでしょ?

じゃあ子音始まり。a deskとan desk。nがじゃまでしょ?

先生の説明や頭で覚えることより大事なことがある。自分で言ってみて、自分のノド、口、耳で確かめる。ルールを仮定する。試して抽象度を上げる。

ほかの言語を学ぶのもおすすめ。ドイツ語やフランス語はein, unと「1」に近い形がちゃんと残ってる。

英語がわざわざ後から何かを足す、ということはめったにありません。

通訳者は膨大な情報を処理します。疑似ルールを見抜く地頭力を味方につけましょう。

 

「英語はスペリングと発音が違いすぎます!」そうかな?

「英語ってなんでスペリングと発音が違いすぎます!」

―あー、中高生も必ずそれ言うけれど、あなたもそう思うのね。たとえば?

「こんなの見つけました。 “A rough-coated, dough-faced, thoughtful ploughman strode through the streets of Scarborough; after falling into a slough, he coughed and hiccoughed.” ghの発音、いろいろありすぎです!発音どころかthrouGHなんて黙り込んじゃってお化けです。」

―お化け、いいねえ。イギリスはお化けだらけ。

実はね、みんなが思う以上に実はスペリングの通りに読んでいるんじゃないか、と思ってる。アメリカではCoke “Lite”って普通でしょ?でもイギリスでは眉を顰める人が何人もいてね。アメリカ式が嫌いというわけじゃないの。何となく気持ち悪いんだって。

で、ウェールズの友人とウェールズ語のこと色々話していたときにヒント発見。あ、ウェールズ語はね、一見つづりが奇天烈だけれど古い言語の特徴が残っていて、子音にも母音のやわらかさが残っている言語。で、ウェールズ語の「ありがとう」は”diolch”ディオッホみたいな音。

ウェールズ、スノードニアにて、2011年

私が「あら、Lはどこいっちゃったの?発音しないの?」と尋ねると、友人はなぜか天井をにらんで何度かdiolch, diolch, diolchと繰り返し…「ちゃんと言ってるわよ」と。

耳を澄ますと…あ!言ってる。音にはなっていないけれど息で言っている!声になる前に消えてしまっているけれど、確かに息で言っている。

そう思ってlightを聴いてみると…ghのタイミングで確かに息のかけらが聞こえる!息だけでghをひっかけてるような。liteだと、iのところはべたっと母音のみ。日本人発音によくあるけど、なんだか「らしくない」。

そうやって息に耳をすませてみるとbeautiful だってbūtifulとは違ってる。

そんなこと辞書に書いてない?そりゃ無理もない。あれは発「音」記号なので「息」は書いていない。でも人の声には「音と息」がある。

息なんか聞こえない?

確かにいきなりでは無理。でも慣れれば聞こえてくる。自分でも言えるようになる。自然になる。

同じヴァイオリンの曲を聴いても、弓の返しが聴いてわかるひとと、そうでないひとがいる。ひたすら聴いて、自分でもひたすら弾くと、弓の返しが呼吸のように聞こえてくる。

ひたすら聴き、ひたすら弾けばいい。

あなたの英語も同じこと。自分で夢中になれる題材を選んでやってみたら。

このコの響きを聞いたとき、私だ!と感じました。

ふと気になるのが日本語の音。平安時代から表記と発音はずれていた、と聞いたことがあるけれど、どうやって調べたのかしら。

「たまふ」と「たもう」は口、息のしぐさが違うのでは。(おお、英語でもautumnってある。)

わかりやすさを優先するあまり、もともとあったものがないことにされているのでは…
面倒くさがって昔の音質よくないCDみたいなものを歓迎しているのでは…
それが私たちの言葉への感覚、耳と頭をなまらせているのでは…

お化けと一緒にちょっと心配してる。

 

 

 

 

 

中韓の人名読み方のナゼ?-通訳者の楽しみ

キム・ジョンナム氏を巡ってなんともいえないニュースが続いています。

ところで中国、韓国に関するニュースを見ていて、あれ?と思うことはありませんか。

金正男氏はキンショウナンさんでもキンマサオさんでもなくキムジョンナムさん。でも習近平氏はXi Jimpingシー・ジンピンさんではなくて「しゅうきんぺい」さん。 

韓国・朝鮮の人名は現地読み、中国の人名は放送国日本の音読み。

これは偶然や習慣ではなくて、ちゃんと中国、韓国と「相互主義」にもとづいて取り決めてあるのです。NHKの通訳学校でそう習いました。

相互主義とはお互いに現地読みなら現地読み、放送国読みなら放送国読みにそろえよう、とう方針。

ですから、放送国読みを互いに実践する中国CCTVなら私の名前は「クワンムー・ヨウチーヅー」、現地読みの韓国KBSでは「カブキユキコ」です。

このことはNHKの放送ガイドラインの14ページに明記してあります。通訳に関心のある方は辞書的に参照することをおすすめします。

背景としてはいくつかの事情があるようで…とある韓国の方が自分の名前をメディアで日本読みされたのに不服を申し立てた…在日韓国人の方たちの団体が現地読みの要望を申し入れた…などなど。

中国の人名は、孔子、関羽、劉邦など日本の音読みで長く親しんできたので、いきなりコンツィー、グアンユー、リウバンはカッコいいけど大変。確かに、かえって混乱するでしょう。

さて、通訳者にとって手ごわいのはどちら?

横浜中華街は春節。中国語の音があふれています。

もちろん中国です。習近平氏をShoe Kim Payなんて発音しても「????」。ですから登場人物が加わるたびにアルファベット表記と発音チェックが欠かせません。調べ方は簡単。検索エンジンの翻訳サイトで確認できます。20年前じゃ考えられません。

実はこれが結構楽しいのです。どういうわけか、中国の彩り豊かな音を聴くと、ああ、この漢字は本当はそう発音してほしいのでは、と感じます。漢字の絵姿の迫力が倍加して見えます。漢字圏ならではの楽しみです。

アルファベット圏では孔子をConfuciusなんて書くんだから、だいぶ雰囲気が変わってしまう… 

先日、英語で書かれた本の翻訳で、孔子の引用に珍事発見。英文から訳したうえで「コンフューシャス」と書いてあるのです。辞書を引けば孔子と出ているでしょうに。わざと?たぶん違うね。 

通翻訳者は語学屋さんではありません。学習、検索上手の博覧強記であれ。

ご参考までに

  • 胡錦涛  Hu Jintao
  • 温家宝 Wen Jiaobo
  • 毛沢東 Mao Zedong
  • 周恩来 Zhou en-Lai

いよいよ2期始まります。

 

「一度は通訳に憧れたけれど…」諦めるのはまだ早い

「私、学生の頃通訳に憧れてたんです。ダブルスクールもしたんですが…」

―あら、そうだったんですね。

「何年も通ったんですけど、結局通訳にはなれませんでした。」

―じゃあ、今は何を?

「自宅で児童英語を教えています。自分の子どもも小さいのでなるべく一緒にいたいですし。」

―ああ、それはいいですね。

「でも…ずっとこのままでいいとも思っていないんです。」

―通訳を諦めきれていないのでしょう?

「ええ」

もしかして、通訳レッスンはこんな感じだったのでは?

教室で先生が録音を少しずつ再生、そのたびに一人ずつあてられて訳す、…なんだか上手くないな、と思いながら訳を言う。先生がちょっと直す。おおっ、よくなったと思う。でもどうしたら先生がいなくても先生のような訳ができるようになるのかなかなか見えてこない。で、自分は日本語力がないのだろうと諦めた。 

やっぱり。

フューシャの花。ウェールズにて。

訳の添削も決して無駄じゃない。でも、結果を操作して結果を改善するのは大変。もっと自然な方法がある。準備、仕込みを調えておのずとよい結果を得るという方法。言ってみれば当たり前だけど。

え?準備、仕込みが十分かどうかわからない…?

では、おたずねします。英語、日本語、それぞれで宴会芸として5分以上語れる演目はありますか?

5分以上しゃべる、じゃありません。古典的演目を一字一句たがわず語るのです。

例えば「外郎売の口上」(歌舞伎十八番より)、「祇園精舎」「那須与一」(平家物語)くらいのまとまりがあるものです。小倉百人一首はひとつひとつが短いので除外。「知らざあ言ってきかせやしょう」は小手試しにはいいけれど、短い。

英語ならParadise Lost (John Milton)出だしの26行にわたるInvocationや短くてもWordsworthDaffodils。それからLincolnThe Gettysburg Address 

え、そんなレパートリーない?じゃあ英語話すとき頭の中で英作文することはありませんか? 

ある?…やっぱり。その状態では苦しいです。早く演目を体得、暗誦してください。

このくらいの分量になるとアタマの黒板に文字を思い浮かべている場合じゃなくなるんです。カラダから言葉が勝手に沸き上がるような感覚に変わる。まるで飛行機が雲の上に出るように。 

雲の上に出るのは自力で!ドーヴァー海峡を西へ。

そのためには自分の時間で繰り返し練習すること。私が代わりになることはできません。ずっとそばにいてやいのやいの言うわけにもいきません。自分でやってください。きっとできます。100回やるまで「できない」と言わないで。100回やってできなかったら1000回やればいい。自分でやることなのでお金もかかりません。それで次元が変わる。こんな面白いことあるかしら。

訳文添削が生きるのはこのあとです。 

通訳は神ワザでもなんでもありません。理に適った方法で学べる人間らしい技です。何よりひとの話をじっくり聴くのが楽しみになります。第一歩はまとまりのある演目を体得すること。あなたのお気に入りを聞かせていただくのを楽しみにしています♪

 

 

映画「今を生きる」とエイブラハムと…

「先生、これが私の学生生活最後の授業なんです。」

え、責任重大だ。だけどよかった。今日ははなむけにある映画のシーンを用意してきたから。「Dead Poets Society」(邦題:今を生きる)から、iPad air のCMにもなったところ。

そういえば、初めて見たのはこんなふうに大学の先生のおすすめで…28年前!…一世代巡ったのね。今でも見るたびに「私もキーティング先生であろう」と思う。まだまだなのだけど。(ちなみにJohn Keatingという名はJohn Keatsの現在進行形のような気がします)

(以下、著作権侵害の意図はありません。みなさんぜひちゃんと借りるか、買うかしてくださいまし。)

 

 

We don’t read and write poetry
because it’s cute.
We read and write poetry
because we are members of the human race.
And the human race is filled with passion.
Medicine, law, business, engineering,…
These are noble pursuits
and necessary to sustain life.
But poetry, beauty, romance, love…
these are what we stay alive for.
To quote from Whitman;
“O me! O life! of the questions of these recurring,
Of the endless trains of the faithless,
of cities fill’d with the foolish, …
What good amid these,
O me, O life?Answer;
That you are here –
that life exists and identity,
That the powerful play goes on,
and you may contribute a verse.”
“That the powerful play goes on,
and you may contribute a verse.”
What will your verse be?
僕らが詩を読み書くのは
なにもステキだからってわけじゃない
僕らが詩を読み、書くのは
人類の一員だからだ。
そして人類は情熱に満ちている。
医療、法律、ビジネス、エンジニアリング
これらは尊い探究の道で、
命を支えるのに不可欠だ。
しかし詩、美、ロマンス、愛…
これらゆえに僕らは生きている。
ホイットマンを引用しよう
「おおこの私、命よ 問いはこのように繰り返し…
きりもなく列なす信心なき者たち
都会を満たす愚か者ども
なんの意味がこんなものにあるか、
おお、この私、命よ答え
君がここにいるということ ―
生命が、アイデンティティが存在するということ
力あふれる劇は続く。
そして君も一篇のうたを寄せることができる。」
力あふれる劇は続く。
そして君も一篇のうたを寄せることができる。
君はどんなうたを寄せるのか。

で、届いたばかりのジェイ・エイブラハムの「限界はあなたの頭の中にしかない」を行きの電車の中で読んでたら…この映画と響き合うこと。もう驚いた。電車乗り過ごしそうになった。この本にもキーティング先生、ホイットマンの言う「verse うた」があふれている。(キーティング先生はビジネスをnoble pursuitとしているけれど)

この本はお世話になっている方のおすすめで手に取ったもの。翻訳者の島藤真澄さんの取り組みもすごい。エイブラハムの理念をアジアに伝えている島藤さん。東日本大震災を味わった日本の若者を励ましてほしいとエイブラハムに直談判したそう。訳語も丁寧に本人に確認するなど本気の共同作業のエピソードも。売らんかなっぽいビジネス洋書をその辺のビジネスがわからない翻訳作業者に放り投げたものとは次元が違います。ちょっと良しとされる変化の方向がアメリカ的過ぎる気もするのだけれど、それは脇に置いておきます。少々ご紹介。一読おすすめします。

人から興味を持たれたいのなら、まず、人に興味を持ちなさい。
あなたが人から感動されたいのなら、まず相手に感動しなさい。

口先だけの「凄いですね」という言葉では、まったく伝わりません。人に感動を与えたいのなら、相手に生きた質問をする必要があります。お互いの接点について深く理解をすることです。
そういった人との交流から、あなたの価値は作られるのです。
あなたの独自性、才能とは「相手が認めた価値」である、ということを忘れてはなりません。
(62ページ)

時間を売って、しぶしぶ最低限の、クビにならない程度の価値しか想像できない仕事のやり方では、あなたの手元にお金が残ることはないでしょう。あなたは仕事を通して、あなたの職場や、お客様や、あなたと接する人に何かしら価値を届けることで、少しずつ豊かになっていきます。より良い価値を創出することに焦点をあててください。それはすばらしい笑顔で接客することかもしれません。見えない場所もきちんと掃除をし、場の空気まできれいにすることかもしれません。
(85ページ)

では、最後に質問をひとつ。

What will your verse FOR OTHERS be?

さて、こちらの学びは年中無休。

 

 

コロケーション辞書、使ってますか?―「池上彰の新聞ななめ読み」をヒントに②

「コロケーション辞典をひきなさい」
「語源で考えなさい」

耳にタコができるほど英語の先生に言われたでしょう?え、そんなことない?じゃあ、通訳を教えている冠木先生が呼んでいると言っておいて。別に怖がることはありません。

コロケーション(con/l共にlocation位置する)とは相性のよい言葉の組み合わせ定番のこと。耳にタコができる、と言うけれど耳にイカができる、にはびっくりしますよね。わざとでなければこんなことは言いません。

どの言語でも優れたライティングには語源とコロケーションが大切。まあ、メイクや服のコーディネートのようなものです。このごろはコロケーション、語源が入っている電子辞書もずいぶん出回っています。「メニュー」ボタンで調べてみて。なかったらありがたくオクスフォード大学の無料オンライン辞書を拝借しましょう。

コロケーション辞書

語源辞書

さて、トランプさんは毎日言いたい放題なので、就任演説などはとうの昔のような気がしますが…池上さんはrestore its promiseを「約束を復活」とした日経、読売を「直訳」、毎日の「約束を守る」が自然だとしています。

私はこれには賛成できません。単語を置き換えただけのような日本語の訳文をながめ、ああでもないこうでもないといじってもそれは日本語の作文の練習。最後にはこなれた日本語になって当たり前。でももとの英文を離れてはもう訳ではない。「悪い」こなれです。

restorere(-し戻す)store(修理する)の意。レストランrestaurant体力修復所と兄弟の語源です。一度は壊れた、腹ペコになったことが伺えます。 

約束を「守る」ではこの「一度台無しになった」感が台無しです。

promisepro(前に)mise(遣わす)。相手の「前に」「月末に10万円返します」と書いて差し出すイメージです。 

さてpromiserestoreの組み合わせ、ちょっと珍しいのでは? 

promiseと動詞の組み合わせでコロケーション辞典をひくとgive, make, hold out, fulfill, honour, keep, break, go back on extract…などが出てきます。やはりrestoreとの組み合わせは定番ではないのです。

トランプさんがどれだけ意識的にコロケーションに挑戦しているかは存じません。ただ、翻訳者が非定番を定番に移して「自然でしょう?」なんていうのは自己満足。さて、どうしたら…?

たとえばこんなのは?

「約束を結びなおす」

「約束を再び結ぶ」

「展望を取り戻す」

 

「結ぶ」で日本語らしさを確保、「なおす、再び」でrestoreのニュアンスを活かしています。もっと飛躍できる気もするのだけれどね。

3つめの「展望」に驚いた?イヒヒ!もちろんわけがあるんですよ。

通訳、翻訳の楽しみは、橋かけは無理と思われた川岸に、橋脚を立てるポイントを探し出すこと、橋をかけること。コロケーション、語源は強力な味方です。

 

 

 

これじゃ「こなれ」る訳がないー「池上彰の新聞ななめ読み」をヒントに①

みなさん、今日は新聞読みましたか?
朝日では池上彰さんが新聞各社のトランプ大統領就任演説翻訳を比較しています。(朝日新聞 1月28日朝刊)。何回かこれをヒントにしてみます。

「こなれ」ているか「自然」かが池上さんにとってのポイントのよう。読み手の側に立てばごもっともな視点。

でもね、通訳、翻訳を学ぶひとたちの基準としては不十分。

たとえば、レストランでおいしい料理が出てくるのは当たり前でしょ?アマじゃないんだから。プロは素材選びや調理方法、器、インテリアにこだわってお客さんの「おいしい!」の瞬間まで隙なく最善を尽くすでしょ?お客さんは何がどうしておいしいのかわからなくてもいいの。でもシェフが味見して「なんかおいしい」なんて満足してたら、ダメだこりゃ。

順序にも意味がある

池上さんがおっしゃる「こなれていない」≒おいしくない、も原因はいろいろ。素材選び、調理手順…つまづき箇所はさまざまです。

主に採り上げられたのはほぼ出だしのこの部分。
We, the citizens of America, are now joined in a great national effort to rebuild our country and restore its promise for all of our people.

読売新聞の日本語訳は「なんともこなれていない」とご指摘。
―私たち米国市民は今、国を再建し、すべての国民に対する約束を復活させるための偉大で国民的な取り組みに加わっている。―

あらほんと。

どうしてだと思う?

意味のまとまり、イメージごとに番号を振りますよ。
①We, the citizens of America, ②are now joined ③in a great national effort ④to rebuild our country and ⑤restore its promise ⑥for all of our people.

読売では
①私たち米国市民は今、
④国を再建し、
⑥すべての国民に対する
⑤約束を復活させるための
③偉大で国民的な取り組みに
②加わっている。

あれまあ。

フルコースって、前菜→スープ→魚料理→口直しシャーベット→肉料理→デザートでしょ?

それが前菜→口直しシャーベット→デザート→肉料理→魚料理→スープになってしまいました。前半は女子の栄養失調ランチみたいですけどね。

読売訳が「こなれていない」原因は過剰な「番狂わせ」です。

ついでに調べたNHKも似たような感じです。
「私たちアメリカ国民はきょう、アメリカを再建し、国民のための約束を守るための、国家的な努力に加わりました。」
(なぜour countryがアメリカ?citizenもall of our peopleも国民?国家的とはどういう意味?)

どこもこんなレベル?と探してやっと見つけたのは山陽新聞。スタイルを感じます。
「米国の市民はいま、大いなる国家的取り組みに向け協力することになった。国家を再建し、全ての人が希望を取り戻す取り組みだ。」

繰り返しになるけれど、人間はイメージが浮かんだ順に言葉にする。その順序そのものも大事な情報。ひっくり返しは最低限で。そもそも英語と日本語は主語述語の概念が違います。わざわざひっくり返して律儀に「―がーです」なんて骨折り損。

イメージの順を守ると違うお話になってしまう…という人は英語の構造感覚=文法に弱みがあります。おさらいしましょう。

池上さんはrestore its promiseを「約束を守る」と訳した毎日新聞を「こなれています」と評価しておいでです。これには賛成しかねます。ここは私も唸ったところですが。

こなれにも良いこなれ、悪いこなれがあります。

それはまたこの次に。

Keep warm and stay well.

 

「英語と日本語は語順が違う」を疑うー通訳:トランプ大統領就任演説

なんだか芯から冷えますね。がまんしちゃだめよ、通訳者は鼻や喉を大事にね。

みんながそういうもんだと思い込んでわざわざ面倒にしていることなんて山ほど。でも通訳者を目指すならあと3回「なんで」「ほんと?」って考えてごらん。

たとえば 「英語と日本語では語順が違う」。「I love you」が「私はあなたを愛しています」、語順が違う、文化が違うと聞いたことない?

そんなのBullshit.(牛糞ではありません。牛糞はcow dungです)。

だいたい好きな人に「私はあなたを愛しています」って言わないでしょ。それ標準語書き言葉だし。話し言葉の方がよほど自然。「あたし好きなんだ、太郎くんのこと。」いけるでしょう?

人間はイメージが浮かんだ順に話す。通訳は話し手の頭の中のイメージ紙芝居ボックスを聴き手の頭の中に転送する。なるべく紙芝居の順をこわさずに。この転送に人工的な「現代標準語書き言葉」はあまり向いていません。標準語書き言葉で訳そうとすると主語、述語を気にして語順、イメージひっくり返し始める。しかも英語の主語を訳すとき「は」「が」をくっつける。英語と日本語では主語の概念が違います。「は」「が」つければいいものではありません。

だから標準語で訳すときは一工夫。「イメージの順」「深い呼吸」「骨導音発声」を心がけます。トランプ大統領就任演説、始めの3分ほど同通してみました。音声は動画の下のリンクからお聴きいただけます。

【私の通訳音声はこちら】

(YoutubeのABCの動画に勝手に音声かぶせるわけにはいきません。別ファイルとしましたが、背景にトランプさんの声、聞こえると思います。)

ほんとに便利な時代。通訳練習素材には事欠きません。腕が鳴ります!

ご希望の方には通訳道場お申し込みの前にお目にかかってお話伺っています(もちろん無料)。
お気軽にご連絡ください。