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I love you は「私はあなたを愛しています」?―翻訳をめぐる思い込み退治します

「翻訳頼まれたのだけど大変。」

―おや、また何が?

「英語を読むとわかるんだけど、日本語が出てこなくて。」

ーどれどれ。

This textbook of internal medicine is aimed at colleagues, medical students and other therapeutic professionals, who, like the author himself, are looking for a healing art with an understanding of man’s body, soul and mind. Presently medical practice is dominated by a pathophysiologically oriented understanding of disease, in which the essence of sick people is not captured.

この内科学のテキストは著者と同じように人間の身体、心、精神の理解を伴う治癒のわざを探している同僚、医学生、諸療法のプロをねらっている。今日の医療実践は、病むひとびとの本質は捉えられていない、病態生理学寄りの疾病理解に支配されている。

ははあ。よくあるタイプの訳文。これで通用しているのもいくらでもあるけどね。訳文は読みにくいもの、と世間もあきらめちゃってるみたいだし。

でもあなたは気に入らないのでしょう。そのセンスは大したもの。きっと心の中でちゃんと音読、イメージ変換をやっているのだと思うよ。それでうまくいかないから気持ち悪い。 

あはは。「ねらっている」「支配されている」は辞書依存。ここは自分で考え直して。

私から今回は1点だけ、でも根本的なことを指摘します。

語順入れ替え訳だと…ニアミス、接触、墜落?

英語と日本語は語順が違う、という19世紀みたいな思い込みから自由になって。

I love youを「私はあなたを愛しています」と訳して「おお、日本語と英語は語順が違う」なんて言ってない?

「私はあなたを愛しています」なんて言いますかね。そんなこという人と付き合いたいですかね。こんなこと言われたら「へえ、そうですか。で、それが何か?」って返したくならない?

英語の主語に「は」「が」をつければ日本語の主語になると思ってない?

だいたい日本語と西洋言語では「主語」「述語」の概念が同じではありまでん。また、主語、述語、という概念がちょっと古い。それに学校で習う英文法は英語にとっても無理であるラテン文法の影響も残っている。

言葉もひとももっと自由。言葉の向こうには人がいる。

これは私の感覚なんだけれど…人はインスピレーションを受けてイメージが湧いた順に口を開く。先に思いついたことを後まわしにして、後から思い浮かんだことを先に言うなんて面倒くさいことをするほどひねくれてはいない。

だから「テーマ→謎かけ→答え」「旧情報→新情報」の順で語られること多い。ためしてガッテンだって「はい、テーマです!」って言ってからクイズでしょ?

 I love youをイメージ順どおりに辿ると、loveの花束をぐっとyouに差し出すしぐさが見える。「おれ好きなんだ、お前が。」でいいじゃない。この「お前が」は「が」がついてますけど、主語ですかね?

語順いじりは最低限で。さもないと紙芝居がめちゃくちゃになります。ABC,CDE,EFGと続いていたお話がACB,CED,EGFとなったら…頭が船酔いします。

ただ、別のお話を勝手に造るのは犯罪です。防犯には英語そのものの構造感覚、文法に基づいて語と語の関係を正確無比に把握すること。

では、がんばりたまえ。

本当はね、通訳と翻訳はひとつのことよ。

 

 

違いはなに?通訳プロ・アマの正確さ、聴きやすさ

「冠木さんはスピーカーの言ったキーワードはきっちり訳してる。でも単語を単語に置き換える通訳者とは別格の聴きやすさ。 何が違うんだろう??」

―たぶん、私しかやっていないのはノンバーバル情報の活かし方。

「それって冠木さんだからできるのでは?」

―いえいえ、そんなことないですよ。個人のセンスだのみじゃありません。写真、音楽…理詰めです。ステップもあります。まあ、練習しなけりゃお話にならないけどね。

ノンバーバル情報の主な要素はひとまず2つ。ひとつは文法。もうひとつは音声。

文法パーツはカメラの設定指示みたいなもの。絞り(ボケぐあい)、レンズの長さ(どのくらい周囲を入れるか)、露出(明るさ、ムード)が読み取れる。

秋明菊が写っているという共通点はあるけれど…絵が違います!

たとえば”My father is working for a bank.”と”My father works for a bank.”
前後の文脈なしでも気配の違いが感じられますか?

東北新幹線下り、仙台到着前の車内放送は”We will shortly be arriving at Sendai.”
in Sendaiだったら気持ち悪い、という感覚がありますか?

このあたり等閑だと同じものが写っていても写り方が違う写真になる。ピンぼけ手ぶれ写真が紙芝居みたいに重なると、間違っていないけれどわかりにくくなる。中高の英文和訳もしくはそれに毛が生えたような単語置き換え通訳によくある失敗。

さて、ふたつめの要素、音声は文字を超える情報を担う。同じ「おはよう」でも人によって、気分によって調子が違うでしょ?そこまで聴いて。ちゃんと聴けば声のメロディは記憶に残る。それを不自然でない程度にこだまする。そうすると声のカノンになる。話し手がモーツアルトなら通訳者もモーツアルト。これなら聴いていて楽。話し手がモーツアルトなのに通訳者がブラームスではおかしい。すべきことをせず勝手なことをしている。

この二人の音楽が8小節ずつ交互に聞こえるなんて…

さて、これら2つの要素も日本語がいまひとつでは台無し。そのことは次稿にて。

講座の質を最後に決めるのは通訳者です。海外講師を迎えたのに「英語ができる身内」に通訳を頼んでいませんか。英語ができるのと通訳できるのは別のことです。頼まれた方も気の毒、せっかくの準備ももったいない。

道場生のインターンとして無料通訳派遣も承ります。ご相談ください。

 

母音の前はaをanにする、のウソ

appleは出だしが母音だからnを足してanにする…本当にそう思っているの?じゃあなぜだと思う?どのくらい納得している?

納得していないのにこういう疑似ルール丸のみしていると、頭が断片化(fragmentation)しちゃう。デフラグしよう。

あのねえ、母音の前はnを足す、っていうのは考え方が逆さまなの。

考えても見てごらん。aってどういう意味?「1」でしょ。「a」単体でそんな意味ある?

aはoneの残骸なのよ。oneがめんどくさくなってanになってとうとうaになった。でも後ろが母音の時はくっつけて発音すると言いやすいから断捨離されずにnが残った。

試してごらん。a apple とan apple。nがないと喉がつっかえるでしょ?

じゃあ子音始まり。a deskとan desk。nがじゃまでしょ?

先生の説明や頭で覚えることより大事なことがある。自分で言ってみて、自分のノド、口、耳で確かめる。ルールを仮定する。試して抽象度を上げる。

ほかの言語を学ぶのもおすすめ。ドイツ語やフランス語はein, unと「1」に近い形がちゃんと残ってる。

英語がわざわざ後から何かを足す、ということはめったにありません。

通訳者は膨大な情報を処理します。疑似ルールを見抜く地頭力を味方につけましょう。

 

「一度は通訳に憧れたけれど…」諦めるのはまだ早い

「私、学生の頃通訳に憧れてたんです。ダブルスクールもしたんですが…」

―あら、そうだったんですね。

「何年も通ったんですけど、結局通訳にはなれませんでした。」

―じゃあ、今は何を?

「自宅で児童英語を教えています。自分の子どもも小さいのでなるべく一緒にいたいですし。」

―ああ、それはいいですね。

「でも…ずっとこのままでいいとも思っていないんです。」

―通訳を諦めきれていないのでしょう?

「ええ」

もしかして、通訳レッスンはこんな感じだったのでは?

教室で先生が録音を少しずつ再生、そのたびに一人ずつあてられて訳す、…なんだか上手くないな、と思いながら訳を言う。先生がちょっと直す。おおっ、よくなったと思う。でもどうしたら先生がいなくても先生のような訳ができるようになるのかなかなか見えてこない。で、自分は日本語力がないのだろうと諦めた。 

やっぱり。

フューシャの花。ウェールズにて。

訳の添削も決して無駄じゃない。でも、結果を操作して結果を改善するのは大変。もっと自然な方法がある。準備、仕込みを調えておのずとよい結果を得るという方法。言ってみれば当たり前だけど。

え?準備、仕込みが十分かどうかわからない…?

では、おたずねします。英語、日本語、それぞれで宴会芸として5分以上語れる演目はありますか?

5分以上しゃべる、じゃありません。古典的演目を一字一句たがわず語るのです。

例えば「外郎売の口上」(歌舞伎十八番より)、「祇園精舎」「那須与一」(平家物語)くらいのまとまりがあるものです。小倉百人一首はひとつひとつが短いので除外。「知らざあ言ってきかせやしょう」は小手試しにはいいけれど、短い。

英語ならParadise Lost (John Milton)出だしの26行にわたるInvocationや短くてもWordsworthDaffodils。それからLincolnThe Gettysburg Address 

え、そんなレパートリーない?じゃあ英語話すとき頭の中で英作文することはありませんか? 

ある?…やっぱり。その状態では苦しいです。早く演目を体得、暗誦してください。

このくらいの分量になるとアタマの黒板に文字を思い浮かべている場合じゃなくなるんです。カラダから言葉が勝手に沸き上がるような感覚に変わる。まるで飛行機が雲の上に出るように。 

雲の上に出るのは自力で!ドーヴァー海峡を西へ。

そのためには自分の時間で繰り返し練習すること。私が代わりになることはできません。ずっとそばにいてやいのやいの言うわけにもいきません。自分でやってください。きっとできます。100回やるまで「できない」と言わないで。100回やってできなかったら1000回やればいい。自分でやることなのでお金もかかりません。それで次元が変わる。こんな面白いことあるかしら。

訳文添削が生きるのはこのあとです。 

通訳は神ワザでもなんでもありません。理に適った方法で学べる人間らしい技です。何よりひとの話をじっくり聴くのが楽しみになります。第一歩はまとまりのある演目を体得すること。あなたのお気に入りを聞かせていただくのを楽しみにしています♪

 

 

通訳レポート:オランダ「精神科医療にシュタイナーの風」

精神病ってなんだかこわい、家族がなったら恥ずかしい…
そう思ったことはありませんか。
え、自分は100%精神疾患フリーのつもり?

私はそうは思わない。自分はいろいろ持っているけど、たまたまバランスがとれているだけ。え、崩れてます?あ…。

どんな病であれ再び歩き出す力は、人に大切にされることで自分の内から湧き上がる。だから心病む人こそ大盛りサービスで大事にされてほしい。

シュタイナーのアントロポゾフィー医療を学び実践する医師の友人たち。この方たちは天で待ち合わせをしてきた兄弟姉妹の気がします。なかでも精神科医の姉妹たちの献身ぶりには脱帽。以前から日本の精神医療の「当然」がどんなに「自然」でないかを切々と語ってはおいででしたが…なんと昨年来、オランダで活躍するケン・タナカ医師を招いて講演会を開いておられます。お仕事、ご家庭、講演会企画、運営…。変えたい、と本気で腹を決めた人には1日は48時間なようで。

オランダ育ちのケン先生は英語のほうが講演はお楽、というので私は通訳をお引き受けしています。

ケン先生はベルナルド・リーフェグッド(Bernard Lievegoed リーヴァフッドとも)の名を冠したリーフェグッド・クリニックの精神科ディレクター。リーフェグッドはアントロポゾフィーを軸として組織開発、自分史ワーク(バイオグラフィーワーク)など時代のニーズに向き合う取り組みを先駆けた方。

このクリニックでの取り組みも「考えてみればおかしな常識」から自由です。まずクリニックである以前にコミュニティ。お医者さんも患者さんもお互いを「メンバー」と捉えます。だから初診でお医者さんは開口一番「さて、あなたはこのコミュニティにどんなことならおやりになれそうですか?」だから受け身に薬を飲み続けることはありません。言葉によらないセラピーを体で味わいながら、コミュニティに必要な仕事に取り組みます。

3週間ほど前のこと。大阪でも講演会がありました。「7月の東京の時とは内容をだいぶ変えたんですよ。」とケン先生はにっこり。今度は現場のエピソードをたっぷり増やしておいででした。

印象的なエピソードをひとつ。

50代のある男性は長年うつに苦しんでいました。いくつもの病院を経てリーフェグッドにたどり着いたそう。

リーフェグッドではスタッフが患者さんのしぐさ、表情を模倣して、自分の身体をとおしてその人の世界に想像をめぐらせます。「共感的(心寄せて)観察」と言います。

この方はいつも前のめりで机に伏すような姿勢。皆で模倣して、どんな職業が思い浮かぶかやってみると…あるスタッフが声を挙げました。「あ、ブラッド・メルドーみたい!」なんと有名なジャズピアニスト。ではジャズピアニストに大切な資質は何だろう…繊細で、精確であること。これが彼が求めているもの。(薬でなく!)それが身につく活動に取り組むことになりました。ジャズピアノそのものではありません。この方の場合は木工。 やがてこの方は木工、裁縫で一目置かれるようになり、人に教えるまでになりました。

「共感的観察」ではその人の心の声に集中する。投薬は最後の手段に過ぎません。

ここで「うつも治りました」となるとありがちなハッピーエンド。それもいいけれど、人と人の間に居場所を得られたことのほうが大事な気がするのです。

人は人の間で病み、人の間で癒える。病はひとりのものではない。そう思います。

大阪も、通訳冥利につきる至福のひとときでした。お聞きした瞬間、透明にしておいたはずの心が感動。日本語でこだまする機会を与えられていて…目の前に日本語を待ってくれている方たちが沢山いらっしゃる。

ありがとうございました。

オランダ見学ツアーに関心がおありの方、問合せフォームからご連絡ください。時期、日数等ケン先生とも相談しながら決めましょう。

 

 

 

これじゃ「こなれ」る訳がないー「池上彰の新聞ななめ読み」をヒントに①

みなさん、今日は新聞読みましたか?
朝日では池上彰さんが新聞各社のトランプ大統領就任演説翻訳を比較しています。(朝日新聞 1月28日朝刊)。何回かこれをヒントにしてみます。

「こなれ」ているか「自然」かが池上さんにとってのポイントのよう。読み手の側に立てばごもっともな視点。

でもね、通訳、翻訳を学ぶひとたちの基準としては不十分。

たとえば、レストランでおいしい料理が出てくるのは当たり前でしょ?アマじゃないんだから。プロは素材選びや調理方法、器、インテリアにこだわってお客さんの「おいしい!」の瞬間まで隙なく最善を尽くすでしょ?お客さんは何がどうしておいしいのかわからなくてもいいの。でもシェフが味見して「なんかおいしい」なんて満足してたら、ダメだこりゃ。

順序にも意味がある

池上さんがおっしゃる「こなれていない」≒おいしくない、も原因はいろいろ。素材選び、調理手順…つまづき箇所はさまざまです。

主に採り上げられたのはほぼ出だしのこの部分。
We, the citizens of America, are now joined in a great national effort to rebuild our country and restore its promise for all of our people.

読売新聞の日本語訳は「なんともこなれていない」とご指摘。
―私たち米国市民は今、国を再建し、すべての国民に対する約束を復活させるための偉大で国民的な取り組みに加わっている。―

あらほんと。

どうしてだと思う?

意味のまとまり、イメージごとに番号を振りますよ。
①We, the citizens of America, ②are now joined ③in a great national effort ④to rebuild our country and ⑤restore its promise ⑥for all of our people.

読売では
①私たち米国市民は今、
④国を再建し、
⑥すべての国民に対する
⑤約束を復活させるための
③偉大で国民的な取り組みに
②加わっている。

あれまあ。

フルコースって、前菜→スープ→魚料理→口直しシャーベット→肉料理→デザートでしょ?

それが前菜→口直しシャーベット→デザート→肉料理→魚料理→スープになってしまいました。前半は女子の栄養失調ランチみたいですけどね。

読売訳が「こなれていない」原因は過剰な「番狂わせ」です。

ついでに調べたNHKも似たような感じです。
「私たちアメリカ国民はきょう、アメリカを再建し、国民のための約束を守るための、国家的な努力に加わりました。」
(なぜour countryがアメリカ?citizenもall of our peopleも国民?国家的とはどういう意味?)

どこもこんなレベル?と探してやっと見つけたのは山陽新聞。スタイルを感じます。
「米国の市民はいま、大いなる国家的取り組みに向け協力することになった。国家を再建し、全ての人が希望を取り戻す取り組みだ。」

繰り返しになるけれど、人間はイメージが浮かんだ順に言葉にする。その順序そのものも大事な情報。ひっくり返しは最低限で。そもそも英語と日本語は主語述語の概念が違います。わざわざひっくり返して律儀に「―がーです」なんて骨折り損。

イメージの順を守ると違うお話になってしまう…という人は英語の構造感覚=文法に弱みがあります。おさらいしましょう。

池上さんはrestore its promiseを「約束を守る」と訳した毎日新聞を「こなれています」と評価しておいでです。これには賛成しかねます。ここは私も唸ったところですが。

こなれにも良いこなれ、悪いこなれがあります。

それはまたこの次に。

Keep warm and stay well.

 

「英語と日本語は語順が違う」を疑うー通訳:トランプ大統領就任演説

なんだか芯から冷えますね。がまんしちゃだめよ、通訳者は鼻や喉を大事にね。

みんながそういうもんだと思い込んでわざわざ面倒にしていることなんて山ほど。でも通訳者を目指すならあと3回「なんで」「ほんと?」って考えてごらん。

たとえば 「英語と日本語では語順が違う」。「I love you」が「私はあなたを愛しています」、語順が違う、文化が違うと聞いたことない?

そんなのBullshit.(牛糞ではありません。牛糞はcow dungです)。

だいたい好きな人に「私はあなたを愛しています」って言わないでしょ。それ標準語書き言葉だし。話し言葉の方がよほど自然。「あたし好きなんだ、太郎くんのこと。」いけるでしょう?

人間はイメージが浮かんだ順に話す。通訳は話し手の頭の中のイメージ紙芝居ボックスを聴き手の頭の中に転送する。なるべく紙芝居の順をこわさずに。この転送に人工的な「現代標準語書き言葉」はあまり向いていません。標準語書き言葉で訳そうとすると主語、述語を気にして語順、イメージひっくり返し始める。しかも英語の主語を訳すとき「は」「が」をくっつける。英語と日本語では主語の概念が違います。「は」「が」つければいいものではありません。

だから標準語で訳すときは一工夫。「イメージの順」「深い呼吸」「骨導音発声」を心がけます。トランプ大統領就任演説、始めの3分ほど同通してみました。音声は動画の下のリンクからお聴きいただけます。

【私の通訳音声はこちら】

(YoutubeのABCの動画に勝手に音声かぶせるわけにはいきません。別ファイルとしましたが、背景にトランプさんの声、聞こえると思います。)

ほんとに便利な時代。通訳練習素材には事欠きません。腕が鳴ります!

ご希望の方には通訳道場お申し込みの前にお目にかかってお話伺っています(もちろん無料)。
お気軽にご連絡ください。

 

英語が話せれば世界が広がると思っている?

「ああ、英語が話せるようになりたい!」

なんでまた?

「だって世界が広がってグローバルに活躍できると思って。」

もう…どこの売り文句に鵜呑みにしてるのよ。

 あのね、英語は話せるだけじゃどうにもなりません。そんなところで止まっていたらイワシの群れのど真ん中。ほら、クジラが大きなお口を開けて近づいてくるよ。

 話せなくていいと言っているのではありません。そこで止まるなと言っているのです。

書けなくてはどうにもなりません。

 例えばアメリカの名門リベラルアーツカレッジはどこもライティングを重視しています。留学生には始めの段階でスピーキングのサポートがあることもあります。でもそのあとは本科学生と一緒にライティング・センターのお世話になるのです。たとえば内村鑑三も学んだアマースト・カレッジ。

2017-01-17 (2)

 

「いや、そこまでは望まないな…。海外旅行のときにもっと楽しめれば…」

 え、今なんとおっしゃいました?

 あなたに仕事で会いにくる海外の方たちは、選ばれて日本との懸け橋となった優秀な方たち。高校時代からライティングを叩き込まれているはずです。そんな人たちに選ばれているあなたにはもっと高望みがふさわしい。

それに海外旅行でちょっとしゃべって楽しい、というレベルなら6か月、8割独学でなんとかなる方法があります。(おお、DL用の小冊子をまだ書いちょらんかった)

さて、書けるようになるには読めること。読めるには聴けること。意外かもしれませんが、耳ができていないと無理して読むことになります。

そこでお勧めなのがAudible.アマゾンが運営するオーディオブック屋さんです。整った文章を耳から入れたら一石二鳥。

2017-01-18

まあ、あなたの人生の次の扉が本当に英語かどうかもう一度考えてみてもいいかもね。

それでもやっぱり英語に挑戦したいなら、今度は半端なこと言わずに頑張ってください。

こりゃもういいや、餅は餅屋、というお方はどうぞこちらへ。。

「冠木さん考えるとき英語?日本語?」

よく訊かれるんです。
「英語で考えたり、寝言を言ったりするんだけど、『こんなもん?』という感じがして…」
その違和感は鋭い。
「え?冠木さんは英語で考えるの?」
NO
「じゃあ日本語?」
NO
「??? やっぱり何も考えてないんだ!」
おっと…その可能性もあるけど…。

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言葉で考えているのってサバイバルモードのとき。過去のやりとりを蒸し返していたり、苦手な相手に会う前に作戦立てていたり。これは考えているというより思い煩っている状態。スピードも遅い。

調子のよいときは言葉で考えていないんです。アタマの中に単語1つ転がっていない。
しいて言えばイメージや音楽のような「感じ」が瞬間的に顕れる。それが話し相手によって日本語で出てきたり、英語で出てきたり。自分でも「あれまあ、日本語だよ」「おやまあ英語だよ」と他人事のように聞いている。(今年はそこにフランス語が加わるのだ!)
自転車に乗るのと似ている感覚です。「右折するからペダルをゆるめてスピード落として、右手を引いてハンドルを傾けるぞ」なんて意識しません。すべて自動化されて自然です。
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「自動化=自分と一つになっている」動きは自然で美しいでしょう?
もちろん始めから自動化、一体化しているわけではありあせん。まず徹底的に意識、セルフモニターして繰り返す。いちいち考えながら自転車を漕ぐように。
同じことをぼけっと繰り返すのではありません。毎回微調整します。したくなるんです。
考えたり、寝言を言ったりするのに英語が出てくるのを喜んでいるようでは一体化が未完成です。
ところがこのレベルでもTOEICでは結構な点が取れてしまう。で、現場で困る。アタマの中で英作文なんかしていたら仕事になるわけがない。
きちんと一体化するにはまとまりのあるインプットが必要。ストーリーをまるごと正確に暗誦するのがおすすめです。聴く(+読む)+話すを全部やる。会話の場数増やしてもダメです。
大変そう?

そうね、やらない限りいつまでも大変そうに見えるでしょうね。でもやってみると意外や意外、雑念が消えて童心に帰るような心地がするもの。そして通訳も美しくなる。

Grasp the nettle.

あなたも何か「自分とひとつ」になるまで取り組んだものがあるでしょう?時間を忘れて夢中になったことがあるでしょう?ピアノ?サッカー?

まずその感覚を信じて下さいね。ご自分の物差しを大事にしてくださいね。

それやってみたい!仲間がいればなお心強い!という方をお待ちしています。

 

ロールスロイスをくじ引きに?

なんだかこれも学術的には出典の突き止められない話なんだけど、応用はできるでしょ。

バチカンにロールスロイス1台ご進呈伺いが届いたマザー・テレサ。
どうしたと思う?mother_teresa11

①まあ、なんてこと、腐った富の象徴!拒絶!
②あら、それ高いんでしょ。中古車やさんに売りましょう!
③くびじびきにすんべ。

正解:③

車の市場価格の数倍の売り上げを得て、福祉に用いたそうな。

宝くじに当たる確率は買っていても上がらない。あれに似たものをどう売るか、考えたらよろし。

ご参考にしてくだされ。